2009年1月28日水曜日

オープニング・ラリー(写真特集)


スコールの中、陽気にデモするラリー参加者













「もう一つの世界は可能だ」と横幕を掲げて進むATTACのメンバー































憲法9条をアピールしているWSFおおさか連絡会の皆さん












ラリーに向けて、集合したPSOL(ブラジルの左翼政党)のメンバー

オープニング・ラリー

寺本 勉 ATTAC関西/APWSL関西

今日の午後、WSFベレンのオープニング・ラリーが行われました。日本からの参加者約25名も、折からのスコールにびしょ濡れになりながら、最後までラリーに参加しました。

今回のWSFに登録した人は、トータルで91,000人。その内訳は、地元パラ州が51,000人、それ以外のブラジルから30,000人、ブラジル以外から10,000人だそうです。

そのうち、何人がラリーに参加したかはわかりませんが、おそらく数万人規模と思われます。集合場所は、日本のでもとは違って、道路のど真ん中でした。何となく3時頃に、いつの間にかラリーはスタートしていました。私たちは、ATTAC各国の参加者とともに、ラリーに加わりましたが、途中から猛然としたスコールが降ってきて、びしょ濡れになりながらのラリーでした。しかし、ブラジルの参加者は、スコールでかえって盛り上がってきたようで、太鼓を叩き、踊りながら行進していました。

大阪から参加したWSFおおさか連絡会の皆さんは、揃いのグリーンの法被(はっぴ)を着て、憲法9条を世界に訴える一環として、ウチワとバッジを配ってアピールしていました。

前回の投稿で、表題と内容が一致していなかったことをおわびします。プレス登録の問題は、今回のWSFの問題点とともに、別稿で述べたいと思います。

2009年1月27日火曜日

プレス登録をめぐって

寺本 勉 ATTAC関西/APWSL関西

 今日、市内探訪に出かけたメンバーが、タクシーの運転手の方から聞いた話を紹介します。

 その運転手の方は、現在62歳。6歳の頃に、両親とともにブラジル丸で、マナウス周辺の入植地に来たそうです。しかし、その入植地は、もっとも土地を選ばないイモ類ですら育たない砂地で、ほどなく入職者たちはその土地を捨て、他の場所で死に物狂いで生計を立ててきたとのこと。日本政府による南米移住推進=棄民政策の例といえるでしょう。その方も、ベレン周辺で、野菜を栽培し、ベレンの港近くの野菜市場に売りに来ていたそうですが、それもなかなかうまくいかず、いまはタクシーの運転手をしている。しかし、ベレンではタクシーが過剰状態で、生活は大変とこぼしていたそうです。確かに、市内の路地とも言える狭い道路を歩いていても、ひっきりなしに空車のタクシーが通ります。タクシーのほとんどは、ドイツ、フランス、イタリアなどの小型車です。

 また、ベレン市内には、宿泊施設は8000ベッドしかなく、その10倍もの人が参加する予定のため、ホテルに泊まれなかった人は、ATTACフランスのように「シップ・ホテル」に泊まるか(狭いスペースに何十人も入れられているらしい)、民宿するか、ユース・キャンプに入るか、になっているようです。それでもベレンでの開催にこだわったのは、アマゾンでの開催という点を重視したからでしょう。

 私は、結局、夜の社会運動団体の会議に出れなかったので、その報告は春日さん、秋本さんに譲りたいと思います。


ベレンの街並み(写真特集)






























ベレン市内で撮影したスナップを紹介します。

ベレンの街並み

ATTAC関連のメンバーは、1名をのぞき、ほぼ全員がベレンに到着。明日からのWSF本番に備えて、市内探訪に出かけたり、今日行われる予定の会議の準備をしたり、ホテルで鋭気を養ったり、で各々が行動しています。

今回は、昨日、今日と見たベレンの印象について書きます。

私たちのホテルは、市街地の古い教会や銀行などが建ち並んでいる一角にあります。近くの公園では、昨日は、数多くの露店が出て、市民が大勢繰り出していました。ホテルの近くには、巨大なショッピングモールがあり、中にはおもちゃ、電化製品の大きな店の他に、おそらく三桁の店でひしめいています。日曜日に行ってみると、午後早くの段階では多くの店がシャッターを閉じたままで、閑散としていました。しかし、夜になると、すべての店がオープンし、本当に多くの市民がショッピングや食事を楽しんでいました。

夕食をフードセンターで食べましたが、中央にテーブルとイスを配置し、その周りを十幾つかのテイクアウトの店が取り囲むという、フィリピン辺りでもよく見かける構造でした。料理は、中華あり、ピザあり、ハンバーガーあり、揚げ物あり、で日本の寿司も並んでいました。

一方、ATTACの何人かのメンバーが止まっているホテルは、アマゾン支流に面した港町の中にあります。周辺は、下町の活気にあふれていて、1階が店舗で、2回以上がホテルや住居になっている建物が狭い通りの両側に並んでいます。港近くには、魚や野菜の市場やカフェ、日用品の店などがひしめいています。

そろそろ町の中に、WSFのショルダーバッグを提げた人たちの姿が増え、WSFが始まると言う雰囲気になってきているところです。

いよいよ明日から始まります















労働者党の看板

山口響(ピープルズ・プラン研究所)

 ベレンに早く着きすぎた私は、昨日(25日)一日をかけて、ベレンの街中をブラブラと歩いてきました。ここで世界社会フォーラムが行われると一見してわかるものはまだほとんどないのですが、あるところに、ブラジル労働者党の掲げた「ようこそ、世界の市民」と書かれたボードがありました(各国語で書いてあるのですが、なぜか右上に日本語も)。

 よいかどうかの評価は別にして、これだけ大きなイベントともなると、かなりのカネが動くし、政党や州政府などの支援がないとやはり行うことができないのです。

 さて、今日(26日)はアマゾン連邦農業大学(UFRA)へ参加者登録にいってきました。300人ほどの人が並んでいたでしょうか。大学へとタクシーで向かう途中の街道沿いに、貧しい人びとの住む場所をみることができました。田舎でありながらもそれなりに整備された大学の雰囲気とかなり印象がちがいます。

 本当に困っている人たち、本当に社会を変えたいと願っている人たちのための世界社会フォーラムなのか、現段階では見極めることができません。そもそも、これだけ大きな世界的イベントにそういう機能を求めること自体がまちがっているのかもしれません。かくいう私も、25万円近い飛行機代を払って、こちらに来ているわけですし。
                参加登録のようす
 

 いよいよ明日、ベレン市中の行進(デモ)から、世界社会フォーラムはスタートです。

2009年1月26日月曜日

WSFベレンで待ち受けた国際通貨取引の現実

WSF登録受付のボランティアスタッフ


寺本 勉 ATTAC関西/APWSL関西

25日の午後は、最終登録にWSF会場に行く予定でした。ところが、その前段で、ブラジルの通貨であるレアルの入手に苦労してしまいました。

経由地のマナウスでは、深夜にもかかわらず、両替できる銀行窓口が開いていたのですが、「ベレンに着いてからでいいか」と軽く考えてパスしたのが間違いのもとでした。ベレンに着いてみると、日曜日のため、空港の銀行窓口はしまっていたのです。「一応、国際空港なのに、それはないやろ」と皆でぼやきましたが、そのときは「ホテルで両替すればいいか。レートは悪いかも知れないけど」と思っていました。空港からホテルまでのタクシー代は、2005年にポルトアレグレに行ったときの紙幣の残りを持ってきている人がいて、それで支払えました。ところが、ホテルでは両替できなかったのです!

これはどの銀行に聞いても同じで、しかも日曜日で銀行や旅行社もオープンしていません。あちらこちら聞きまわり、周辺を歩き回っても、両替できるところは見つかりません。両替できなければ、タクシーやバスにも乗れないし、登録会場までも行けないことになります。

すると、近くの公園の近くで、日曜日もやっている銀行がある、との情報が入りました。急いで、その所在地とおぼしきあたりを探しましたが、銀行の影も形もありません。やっぱり外国人と見て、いい加減な情報を教えてくれたのか、と思って、ふと見上げると、公園の隅にある深部や雑誌を売っているスタンドの上に、「BANKA ・・・・」と書いてあるではないですか。えっと思いながらも、中に入り、たまたま居合わせた英語の分かるお客さんの助けも借りて聞いてみると、「ここで両替やっている」とのことでした。レートはきわめて悪かったですが、地獄に仏とはこのことでしょう。

同時に、教えてくれた人を疑った私たちの浅はかさに反省しきりでした。実に正確な情報を教えてくれたのに、私たちが見つけられなかっただけなのですから。

これで無事にレアルを入手した私たちは、タクシーでWSF会場の一つ、アマゾン農業連邦大学へ向かいました。タクシーで15分、300レアル(1200円くらい)でした。登録会場の体育館には数多くのブースが設けられ、若いボランティアの皆さんが参加者との応対や登録業務に携わっていました。(写真参照)

私たちも、WSF恒例の資料が入ったショルダーバッグを受け取り、早速肩にかけました。(写真参照)

このあと、プレス登録のため、もう一つの会場であるUFPA(パラ連邦大学)に出かけてのですが、そこではトラブルが待ち受けていました。その内容は、次回の投稿で。さすがに、ちょっと疲れてきたので、寝ることにします。

WSFのロゴ入りバッグを受け取り喜ぶ

2009年1月25日日曜日

「私たちもWSFに参加するんだ」:ベレンに到着

寺本 勉  ATTAC関西/APWSL関西

25日、早朝にベレン空港に到着。さすがに、30数時間の旅はきつい!機内食ばかり連続5食もきつい!

着陸寸前の畿内から見たベレンは、中心部には高層ビルが数多く林立している様子でした。空港は、市街地の北方にあり、タクシーで35リアル(約1400円)、約15分くらいの距離です。

この便に搭乗していた日本からのWSF参加者は5人でした。同じ機内には同様にWSF参加の人が結構いるようで、Iさんの隣に座っていた人が、ATTACのプレートを見て、「私たちもWSFに参加するんだ」と話しかけてきていました。オーストリアから来たそうです。中継地のマナウス空港にも、WSF参加者とおぼしき人たちがたくさんいました。

日本からの参加者の一人、Nさんがベレンの事情に詳しく、WSFのメイン会場(2つの大学構内)やオープニング・マーチの集合地点など、地図の中で示していただいたので、少し会場のイメージが出てきました。私たちのホテルは、市街地の中心部にありますが、会場の大学はそこから東南の方向にかなり離れた場所にあります。バスだと1時間近くかかるかも知れないとのことでした。

今日の午後には、そのうちの一つ農業大学まで、参加登録証をもらいに行く予定です。

2009年1月21日水曜日

これはアマゾン川じゃなくてガンジス川だ!

 洋服の青山の2Fは不思議なところだ。 


 先日、ビザを受け取るために領事館に行ってきた。


 領事館には、申請のときと同じように、テレビがあり、ドラマを放映していた。ドラマの場所は、どうみてもガンジス川ベナレスだ。ブラジル人らしきヒンズー教の聖職者がポルトガル語で、インドの少年に説教を垂れている。そのうち場面が変わって、ブラジルの青年がインドに降り立ち、サングラスを右手で取り払い、インドの地を眺める。そして、ヒンズー寺院に行って、お祈りをしようとしたとき、紫色の花びら(何の花か知らない)を祭壇に向かって投げるときに、たまたまお祈りにきていたインドの女性と花びらの上で、手が触れ合った。どうも恋が芽生えたようだ。その後、そのブラジル人青年は、前述したブラジル人聖職者に恋愛の相談に行く・・・。そしてインド人は踊っている。ブラジル人も踊っている・・・という月並みなストーリーで、とてもつまらない20分ドラマだ(でも私はしっかり見てしまった!)。


 しかし、これを侮ってはいけない。これは、ブラジル大統領ルラが作った戦略的な意図的なドラマなのだ。ブラジルとインドがいかに関係が深いか、分かり合える関係かを表現している。恋愛の成立によって両国の関係を、そして踊りによって国民性を表現している。苦しいときも楽しいときも、いつもすぐに踊ってしまうインド大衆映画と、セクシーな露出が大好きな-しかも、それが自己表現の一つとして大衆的に好感を持たれている-ブラジル人たちのダンス。これを映像の中にたっぷり盛り込んでいる。


 グローバル市場の中で、ブラジルは戦略的にインドと共闘している。世界の方向性をG8諸国のみでは決めさせないほど、両国は力をつけてきた。WTOでも両国の抵抗によってドーハラウンドは頓挫している。
 ルラは、国民にブラジルがインドと共闘していること、ブラジルにとっていかにインドが親しみやすい国であるかを、象徴的なモチーフを使いながら、宣伝したかったのだろう。でも、あまりに陳腐な内容で、大統領はブラジル国民をなめてんじゃないの・・・

 

2009年1月20日火曜日

洋服の青山から、ベレンを望む

 何と先週になって、ベレン行きを決めた。あわてて、五反田の領事館にビザ申請に行ってきた。
 領事館は五反田駅前、洋服の青山のビルの2Fにあった。住所を見て、駅前を探したが、それらしき建物が見つからないので、交番で聞いたら、「青山の2階だよ。ほら、あそこに国旗があるだろっ!
」と指差しながら、ぶっきらぼうな言い草で教えてくれた。
 中に入ってみたら、ブラジル人がたくさんいて、すごく混んでいたが、領事館とは思えず、なんか昔の田舎のバス発着所で、切符を買うようなそんな雰囲気が漂っていた。狭い部屋に窓口が5つあり、待っている人のために、長椅子が6個ぐらいあって、テレビがあった。テレビはもちろん、ブラジルの番組で、内容はどうも恋愛ドラマのようだった。受付の領事館職員は、誰もネクタイをしていない。ラフなセーターだ。こんな感じがブラジルなんだ・・・ブラジルって、いいよね。

 でもベレンって、どんなところなんだろう。これまで、第1回を除けば、世界社会フォーラムにはずっと参加してきた。従って、ブラジルにも3回行った。これまで開催されたポルトアレグレは、きれいな街だったが、物価は高かった。
 今回WSF参加者は宿が見つからず、四苦八苦している人が多いと聞く。私は、CADTM(第三世界債務帳消委員会:債務帳消し運動のグローバル・ネットワーク。本部はベルギー)が確保した宿に便乗させてもらうことにした。そこで、先日、1泊いくらか、と聞いたら、食事なしで6ユーロ程度だという!
 えーっ、ちょっと待ってくれ、どんなとこなんだ?1,000円未満で泊まれるなんて・・・ベレンは物価が安いのか?
 果たして、出発前から、こんなノリでいいのかな・・・と不安だらけだが、飛行機に乗って、アトランタさえクリアできれば、何とかベレンに辿り着くだろう。